ライク株式会社(2/4)〜Professionals for Owners  オーナーを支えるプロフェッショナルたち〜

ライク株式会社(2/4)〜Professionals for Owners オーナーを支えるプロフェッショナルたち〜

ライフ

旅行業から携帯電話の販売代理店業へ。
そこで見出した新たなビジネスモデルとは

保育・人材・介護を中心に、広く事業を展開しているライク株式会社。
今やグループの従業員数が5,000名を超える規模となり、各業界において目覚ましい成長を遂げていますが、1993年の創業時は旅行業からのスタートでした。
どのような変遷を経て現在のビジネスモデルへと行き着いたのか、創業者である岡本泰彦代表取締役社長に、ご自身の半生を交えながら語っていただきました。

起業された当初は、旅行業だったのですか。

そうなんです。ダイビングショップと提携したダイビングツアー、事前トレーニング付きのホノルルマラソンツアーなどニッチなツアーを企画していました。
とくにダイビングライセンス(Cカード)を取る初心者向けツアーは人気で、年間3,000〜4,000人はお客さんがいました。
売り上げも伸び、利益は出ていましたが、このまま旅行業を続けていくのはどうなのかという気持ちもありました。
ダイビングなどのスポーツはケガや事故のリスクもありますし、マーケットがニッチで、ビジネスを拡大していくには不向きでした。

転機は何だったのでしょうか。

あるとき、私の会社を応援してくれていた企業の支店長に「インターネットが体験できる場所があるから行ってみよう」と誘われて、おもしろそうなので行ったんです。
当時はインターネットが日本に入ってきてから日が浅く、1ページ表示されるのに3分くらいかかっていたのですが、「回線が良くなったら画面上に“パンフレット”が出せるようになる」と説明を受けました。
旅行業をやっていて、ホテルや航空会社が商品を直販する時代が来るのではないかと感じていたので、このままではまずいなと思いました。

また、その支店長とゴルフに行ったときに、回線を扱う通信系の会社の役員が来ていて
「今度、PHSというのが出る。従来の販売チャネル以外のところで売っていきたい。旅行代理店を束ねているなら、ユーザーとの接点をもっているよね、販売してみないか?」
と声をかけていただいたんです。
これはおもしろいなと思い、1996年に携帯電話の販売代理店業を始めました。
当時はセルラーフォンやPHSが急速に広がった時期だったので、おもしろいくらいに売れました。

人材サービスに着目されたきっかけは何ですか。

当時の販売代理店は、売る気のない、挨拶もろくにできないようなスタッフも多くいました。
一方、土地代や保証金が高く、販売店を出店するにはかなりコストがかかりました。
そこで、スキルの高い人材を育てて派遣すればいいのではないかと考えたんです。
こうして、1998年に総合人材サービス事業を開始しました。

当初は人材派遣の免許(一般労働者派遣事業の許可)がなかったので、業務委託で量販店の携帯電話販売コーナーを丸ごと請け負うというビジネスモデルを展開していました。
平均値で従来の2倍、3倍売り上げて結果を出していたので、口コミが広がりこちらから営業をしなくてもどんどんお客様が増えていくような状況でした。
翌年の1999年には一般労働者派遣事業の許可を取得し、人材派遣もできるようになりました。その後、売り上げはどんどん伸びて、2005年に上場を果たしました。

聞き手:芦田 敏之(税理士法人ネイチャー国際資産税 代表)

To be continued…